日本語話人のキリスト信仰盲点リスク・アドバンテージ

日本人クリスチャンと伝道者は知っておきたい! 


聖書の広い世界観の西洋、神概念、聖書の信仰で移住者により建国された個人主義の西洋アメリカ。

それに対して、東洋、反聖書的異教文化、異なる言葉と言語体、社会集団、全体主義の東洋日本。

文化社会・言語体・意識価値観が真逆であることを理解する必要があります。東洋日本は西洋、聖書に対抗してなのか様々なモノが真逆にある様です。

日本の言語は、明治維新、日本宗教の下で聖書翻訳と同時に日本語漢字が開発され現代の日本語へ繋がり影響しています。

日本造語漢字に聖書的な意味が込められているのはその為でもある様です。
日本言語は簡潔に意味を込める為、更に特殊で同音異義語の漢字が多量に作られ短文で深い意味を伝える良点とその反面、暗記知識学習の必要と漢字文字に転換しないと意味が正確に伝わらない文字言語の様になってしまっているのです。

話し言葉だけでは、意味が通じにくい言語 なのです。

更にローマ字、造語英語、時代流行語により誤解、混乱しやすい言語になっていること。

日本言語が、世界で唯一特殊であることも理解する必要を感じます。

日本宗教(成仏寺)で宗教用語的な指南の下で翻訳された為なのか、日本語訳聖書の基本訳語、名称が日本宗教の名称と同音異義語に重なってしまっているのです。

同音異義語:文字・漢字・意味は違うが、同じ発音、同じスペルの名称、用語の漢字。
読書,学校教科書レベルとしてはとしては問題ないでしょう。

しかし、信仰の実践:祈り施しなどにおいては多くの弊害、問題が生じる可能性がある様なのです。

セイレイの聖霊(聖書:聖なる神の霊)と精霊(日本宗教:この世の霊の総称)、御子・巫女、御霊・御霊、名称が尽く同じ呼び名、同音になってしまっているのです。

この部分を違いを明確に識別できていますか?

混同混乱していませんか?

祈りの時には頭(知識理解)、心で明確な識別理解が必要になって来ると思います。

日本語話者のクリスチャンは混同混乱したままで、日本宗教のセイレイ: 精霊(この世の様々な霊の総称)、セイレイ: 精霊を求めて祈っていたらどうでしょう。

日本宗教の精霊(セイレイ:seirei)この世の様々な霊の総称名であることをご存じですか? 天の神から降る唯一の聖なる聖霊(セイレイ:seirei)とは真逆で違います。 

日本人クリスチャンで聖霊の油の注ぎを受けたという方々で、神の聖霊の霊感によって書かれた聖書の理解が深まらず逆に世俗的に向かってしまっている点で違和感。

同じ神の聖霊によって書かされた聖書、御言葉は、書かせた聖霊(書かせた教師)を賜りを受ければ、信仰にもよりますが聖書全てを悟れる様に成るのは理解できるかと思います。書かせた当人に教わる理解です。

真の聖霊を賜り聖霊で祈るなら悟り信仰が増し、神の言葉の一部分である聖書をことごとく悟らせるはずなのです。

聖霊(教師)に習い、誰からも教わる必要が無くなります。

聖書に書かれている通り向かいます。それなのに1、2年経っても例え話、比喩なども理解できずに聖書理解が増し加わわって行かない、逆に世俗的な方向に向かっている方々が多いのです。

その様な方の祈り方を確認すると右手、左手の両手を組み合わせて祈ってしまっている様でした。

異教の合掌と同様に両手を繋ぎ合わせる祈り方

マタイ6章( 施し・祈り)3「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない」など。

右手:聖、信仰心、自身 で、左手:この世、仏の霊 の意味があり、

一体に手を合わせる行為、この世、仏霊と一体になって祈るのはどういう意味になるでしょう。

また、”天のお父さん、父よ”なのでの祈り方ですが、

第2の天に今だ龍:サタンは偽りの父として居座っており、人類をそこから誘惑と監視して、人が罪を犯すと神に向かって訴えて主張しているのです。

聖書のヨハネ黙示録などから、まだ災いとして地に落とされていないことが理解できます。

その様な事も聖霊なる神は、信徒の信仰を助ける為に徐々に悟らせないのでしょうか? 

その様な悟りが見られない日本人クリスチャンが多く見られるより、何を理解(確信)し、誰(何)に向かって祈っているのか? 

また、祈りと呪い、聖霊の感化と聖霊の賜りの違いを理解されているのか?

数々の問題が繋がって見えてくることから、日本におけるその因果関係を調べる必要に至りました。

日本語訳聖書の様に他の異教と同じ名称用語を用いている聖書は他にはない様です。

日本語訳聖書が、誤訳や曲解されている事を伝えたいのではありません。

言葉の名称、言葉のラッパの響きが全く他の宗教の異教用語と同じになってしまっていること。
その聖書を読んで内容を理解する分には問題はないでしょう。

しかし、祈りや施しの信仰の実践においては違う霊的影響、問題へ繋がる可能性をここでは提示しております。

明治維新の日本大改造で多忙の時代より、意図的か偶然かまでは分かりません。

この特殊な件に関して、海外のクリスチャン達からは信仰において、吟味、識別、理解、心、発する言葉は重要。

分別・識別の理解の為にも”聖なる神の聖霊(セイレイ)”、”創造主なる神の聖霊”、”キリストの聖霊”、英語の”Holy spirit”など意識と工夫して、信仰する必要の提示もされています。

例えば、同じ部屋(世界)に同姓同名で好きな人と嫌いな人が居て、その同じ名を呼んだらどうなるでしょう。呼ばれて両者が振り返り{私の事を呼んだ」近寄ってくるでしょう。
神は心を見られるますが、心の理解も混乱し曖昧に誤解していたらどうなるでしょう。

ある敬虔なクリスチャンの女性はこの世の自然界にどこにでも聖霊は”漂っておられる”と理解されていました。
霊は目に見えない存在ですので、聖霊のつもりが精霊を舞いがって受け入れている可能性があるのです。

確か御言葉から思慮深く識別する必要があり、御言葉、御心に一致しない影響を与える霊は聖霊でなく、違う霊であることになります。表面だけを着飾り部分的な御言葉で真似る反キリストの違う霊も存在します。
(一見や少しの交わりではわかりませんが、御言葉を確り理解し警鐘に耳を傾けている思慮深い方、聖霊の賜をもっている方にはわかる様です。)

御言葉ではすべての霊を信じてはならない、神から出た霊かテストすることを警鐘しています。

日本人クリスチャンの多くの方と接すると聖霊の賜りと祈りによる実感、確信があまりない保守派と過剰な霊的意識で全ての霊の声、印ばかりに焦点をあて聖書、御言葉、御心の信仰から外れて混同混乱で世俗的になってしまっている左派の両極端に見受けられる様です。
新約では確信を求める事を教えており、信仰に確信が得れないならば何か人間側に何かに問題が隠れていることになります。

聖書の神は真。

クリスチャンは、救い主であるイエス・キリストの名(門・道)を通して神に祈り、神に頼りながら歩む信仰です。クリスチャンは枝、聖霊によってキリストの木と神に繋がり御心の良い実を付けなければなりません。

間違えて、違う霊を呼び違う霊で祈り、違う霊によって違う木に繫がっては良い実を付けることは出来ません。

新しい約束の新約信仰とは、人間の努力で果たせなかったユダヤ人の旧約信仰に対して、果たせる様にと神が聖霊なる神を助主としてその者に与える約束。秩序正しい神、神の教えに忠実にし従う者に約束を果たします。この世の神々の様に、いい加減で気まぐれな神々とは違います。

特別な教祖様の様な存在、特別な油注ぎの様なモノは聖書に存在しません。聖霊は一つでみな同じ聖霊を受けることになります。特別な聖霊は存在しません。それは聖霊より優れた特別な霊を注ぐと言ったものは、恐ろしい聖霊の冒涜になってしまいます。

御言葉全体から真理を理解して、人の伝統ではなく神の秩序正しい基準で良いキリストの木に繫がる必要があります。また、良いキリストの木に繫がっている方かを外見印象で無く内面の信仰心で見極める必要があります。

茨からブドウ、アザミからイチジクの実を付けることは出来ません。今は恵みの時、間違えて違うモノを選び、間違えに気付いたなら再びそれに至った経緯も含め悔い改める事も出来るでしょう。

人は間違え躓きます。
最初から全て順調にストレートにいく方がおかしいくらい稀です。御心、御計画では神は全ての者が高ぶる事が無い様に不義に陥れ、試練と学び訓戒で愛する人(子)を聖なる者へと育てるからです。
真、正しいのはいと高き天の神、創造主なる神だけです。

一番の罪の目、根である自分は正しいと思う心(自己愛)は捨てる必要があります。

第2天にいるへびの子、罪人の父、龍・サタンルシファーは、堕天使になる大天使長ルシフェルでした。

神よりも自分を愛する様になったことから、高慢、嫉妬、偽り・・・・・・・・・・・・と罪の要素を産んでしまったのです。

キリストの信仰の第一歩は、「自分を捨て、十字架を負いて・・・」です。”自分を捨て”の部分を省いたものは偽の福音と同様なところがあるでしょう。

話しを戻しますが、

日本人クリスチャンに影響を与えて陥っている盲点として、日本言語、日本語訳聖書の適用名称(他異教用語名称と重複)による混乱理解がその様な影響を与えてしまっている可能性があります。 日本語話者の日本人クリスチャンのアドバンテージ、リスクになっている様に感じられます。

海外から聖書研究に詳しい優秀有能な牧師、宣教師を迎え入れても日本宗教、異教まで詳しく比較して確認することは難しい部分があった様です。


<考察資料>
 日本語訳聖書 - Wikipedia 精霊 - Wikipedia  同音異義語 - Wikipedia 明治維新 - Wikipedia